8day. スライム

 何時ものように主人の仕事部屋へ入ろうとしたら、お前は安静にしていろと怒られた。私は元気だ。怪我をしたのは主人の方だ。しかし、命令だ、と言われれば、従わなければならないのが使い魔である、と思う。
 そんなわけで、安静令を出された私は、仕事部屋の隣室のベランダで日向ぼっこをしている。ここから首を伸ばすと、仕事部屋で働く主人を覗き見ることができた。ベランダは繋がっていないが跳べば届く距離だ。大事があれば、いつでも駆けつけることができる。
 見るだけで手伝えないというのがもどかしい。嗚呼、あんなところにナイフを置きっぱなしにして、足に落としたら怪我をしてしまう。ハーブも蓋が開きっぱなしだ。湿ると使い物にならなくなる、と言っていたのに。
 ナイフにもハーブにも気づいた主人が、元のように片付けてから、私はようやく肩の力を抜くことができた。見ているだけというのは、はらはらするものだ。

 伸ばした体を元に戻すと、手が、ぷよん、としたものに触れた。ぷよぷよしている。触れたものに目を向けると、そこには灰色の塊があった。――スライムだ。
 仕事はどうした、という意味を込めて、触れた手に力を入れる。灰色の塊が凹む。離す。戻る。押す。凹む。離す。戻る。押す。凹む。離す。戻る。押す。凹む。離す。戻る。押す。凹む。離す。戻る。灰色のスライムはぶよぶよと表面をたゆませた。怒っているのか喜んでいるのかわからない。
 よくよく見ると、八本足がある虫が口がどこかわからないグレーの半透明な体の中で溶けていた。仕事はきちんと行っていたようだ。彼等(あるいは彼女等)の使役の条件は家の掃除を行うこと。粘着力のある体で、屋敷の埃やゴミを取り込む。放っておくと屋敷には直ぐに埃が溜まる。なくてはならない要員。お陰で屋敷はいつも綺麗だ。舐められて、綺麗だ。
 スライムは相変わらずぶよぶよしている。もしや、気に入られたのだろうか。背中を這い登って頭に居座るスライムを手で押しながら、私は首を捻った。スライムは相変わらずぶよぶよしている。どうやら気に入られたらしい。スライムは私の頭から下りようとしなかった。
 仕方が無いので、頭の上に居座るスライムと日向ぼっこしたり、ぶよぶよしたり、主人の部屋を眺めてはらはらしたりした。
 今日は良い日だと思った。