危険というものは常に付きまとう。
書庫を埋め尽くすように並べられた本棚にはぎっしり本が詰まっている。入りきらなかったのか整理中なのか、棚の上にも本は山積みになっていた。司書でも雇わなければ、この書庫にある本の把握は不可能だろう。
「やれやれ、移行術を記した本は何処だったか」
戸棚に記された分類を目印に、本棚の間を行き来する主人の肘が、がつん、と角に当たった。肘が痺れたのか、主人は眉間に皺を寄せる――と、ほぼ同時、辛うじてバランスを保っていた本が崩れ、棚の上から降り注いできた。広がり落ちる影影影影。
私は咄嗟に主人を突き飛ばした、降り注ぐ本から庇った。ちらりと見えた主人の姿は、一つ奥の棚の間にあった。他の棚に打つかって連続して本が落ちるという二次災害もない。
良かった。
本が角に当たると痛かったが、鱗に覆われている私の肌に目だった外傷は付かなかった。体の上に折り重なる本の山からのそのそと這い出すと、そこには、
「そこに座れ」
両目を鋭く吊り上げて怒りを露にする主人の姿があった。
「座れ」
命令を繰り返されて、仕方なく本の山の上に座る。上目で恐る恐る窺うと、主人の怒り顔が飛び込んでくる。その腕から流れる一筋の血も。血は主人の腕を滴り落ち、開いた魔術書のインクを滲ませ赤く広がる。よくよく見れば、その赤い血は私の爪にも塗られていた。
何と言うことだろう。私は主人を助けるつもりが怪我を負わせてしまったのだ。魔術書も無駄にして。私が動かなかった方が被害が少なくてすんだだろう。
「何をしているんだ、お前は!」
主人が声を荒げるのは始めてだった。それほどの事をしてしまったのだと項垂れる。
「身を挺して庇うな! もし、棚の上にあったのが剣だったらどうする? 串刺しになって死んでいた所だぞ!」
一瞬、思考能力が止まる。予想外だった。助けたことに対して怒られたには違いないが、怒られるものが違う。
「庇った相手が助れば、犠牲になっても良いだと? それが美徳と考えているのか? そんなものは愚の骨頂だ! 馬鹿だ! アホだ! 間抜けだ!」
罵倒する時、主人の精神年齢は下がるらしい。
ではなく、主人を庇い助けることが使い魔の役目である。私は顔を上げて、くぅ、と喉を鳴らした。主人は、まだ私を睨んでいる。
「反論は許さん。これだから、使い魔は……」
不意に表情が暗く翳った。深かった眉間の皺は残らず消え、吊り上がっていた眉根が下がる。目は揺らぎ、私を見ていなかった。確証は得られないが――恐らく、深い悲しみであったのだと思う。
「使い魔は嫌いだ」
自分の存在を否定されて、ここはショックを受けるところなのだろうが、それより何より、主人の見せた表情が気に掛かり、私は他に何も考えられなかった。
二度とこんな顔をさせないために、私は私自身も守らなければならないと思った。
強くならなければならないと思った。
この後、夕食で貰えるはずだった厚切りハムを抜かれた。