5day. 帰宅

 馬車を乗り継いで、歩いて三十分。街から離れた林の中に立っている主人の家は大きかった。効果音はどーんかででーんだった。どでーんもありだろう。それぐらい大きかった。赤茶けた石造りの壁。丁寧に入れ込まれた硝子窓。部屋数は外からわからないが、五十人ぐらいなら余裕で泊まれそうだった。
 こんな屋敷に、一人で住んでいるのだろうか。
「ただいま」
 主人は木製の扉を開け放つ。
 おかえり、と返る声は無く、聞えてきたのはバッサバッサという羽音だった。
「あぁ、一番のお出迎えはコウモリか。留守中に悪さはしなかったか?」
 主人が言った通り羽音の正体はコウモリだった。天井から舞い降りるコウモリの数は十をこえ、主人はコウモリに群がられて黒い物体になっている。
 次に天井から灰色透明なゲルが降ってきた。天井だけでなく、床下から伸び上がるものもあった。部屋から普通に出てくるものもいた。ぶよぶよと波打つのはスライムだ。辛うじて丸を保つスライムは、所々くっついて、個と個の境界線を曖昧にしながらも主人に絡み付いた。
 更に二階から黒猫が下りてきた。二匹。その猫はどちらも片目が潰れていた。一匹は右目、もう一匹は左目。猫達は全く同じ動作で尾を振り、全く同じ動作で階段から下りてきて、主人の足元にじゃれついた。
 食堂らしいドアを蹴り開けて、今度は馬が走ってきた。艶やかな黒毛の若い馬だ。濡れた目も黒く煌いている。馬は鼻を鳴らして、首を主人に擦りつけた。
 一人とは程遠い大世帯だった。誰も彼も、人間ではなかったけれど。
「スライムもネコもウマも来たのか。お前らも悪さしていないな?」
 主人は一匹一匹を撫で、声を掛ける。名前は同一だが、主人と彼らは抱擁して再会を喜んでいるようだった。
 コウモリ十匹(ぐらい)、スライム二十匹(ぐらい)、黒猫二匹に馬一匹。計三十三匹(以上)に囲まれた主人の姿は、あっという間に見えなくなる。
「皆元気か。良い事だが、邪魔だ、退いてくれ。血を吸うな、噛み付くな、髪を食うな、痛い、ハゲる」
 主人は色々なものに群がれている。私から見て、主人は顔と手ぐらいしか見えなかった。あとはスライムかコウモリか猫か馬に埋め尽くされていた。コウモリは噛み付いて吸血していた。ネコも脹脛あたりに噛み付いていた。ウマも髪の毛を口の中で租借していた。スライムは、そもそも何をしているかわからない。
 それでも主人は笑っている。笑いながら、主人は私を見た。ようやく。
「…………オト、退かしてくれ。こいつらは言うことを聞かん。腹が減っている時は……特、に……」
 再会を喜ぶ抱擁ではなかったようだ。
「重い……い……血が……ハゲる……おま……ちゃんと飯は……吸うな……食」
 埋め尽くされた主人から、途切れ途切れに声が聞えてくる。
 コウモリを追い払い、ネコの口をこじ開け、ウマから髪を引き抜き、スライムを引き剥がしながら、傷物貧血ハゲの魔術師にならないためにも、そういう事は早めに言って欲しいと思った。
 使い魔の役目なのだから、忘れないで言って欲しいと思った。