主人の零した言葉を聞いて、私は驚きを体に出さないよう必死だった。ラースイースの所から、屋敷方面の馬車を捕まえて乗り込む。天蓋つきの乗り合い馬車には、主人の他に六人が乗っていた。やはり好奇の視線に晒されたが、結果は前と同じだった。知らん顔をして主人はラースイースから借りた本を読み漁っている。主人の鞄の中には借りた本が詰まってぱんぱんになっていた。
荷を守るのも使い魔の仕事だ。本当は荷の持ち運びもしたかったのだが、力がなくてお許しがでなかった。なので、見張り。私は引ったくりなどが手を出せないように周囲に気を配っていた。もっとも、誰もが、私か主人、どちらかを恐れており、引ったくりなどしそうになかったけれども。
彼らの態度を見ながら、魔術師とはどのような位置付けなのだろうと思った。生まれ持った知識の中に、魔術師の位置付けはなかった。私は知らなかった。
風が吹き込んで、私はぶるりと肌を揺らす。”大蜥蜴”と真名を授けられたためか、どうにも温度の変化に敏感だ。私は火蜥蜴<サラマンダー>ではない。炎の出せない変温動物。寒いと体の動きが鈍くなる。できるだけ主人の鞄によって、体温を奪われないように体を丸めた。
ごとんごとん、馬車が揺れる。不意に、不機嫌そうな声が頭の上から降ってきた。
「オト、場所を変われ。この席は眩しい」
主人の突然の申し出に首を上げて傾げる。逆光。窓辺から差し込む光が眩しい。確かに本を読むには向かないのだろうと、私はのそのそと起き上がって主人と場所を交換した。素早く動きたいのだが、生まれたばかり、動くことに慣れていないせいもあり、思うようにはいかない。
日向はぽかぽかと暖かい。日光を受けた鱗からじんわりと熱が広がって、体の隅々を暖めていく。太陽とは偉大だ。
ごそごそと寄り添った鞄が揺れ動いたので、見上げてみると、主人が小難しい顔で鞄を漁っていた。参考資料がない、など小さく文句を言いながら別の本を取り出して、膝の上で広げる。影の落ちるその顔は顰め面だ。
――影の落ちている顔。逆光。影。膝の上。
引っ掛かりを感じた。さっきも影は落ちていた。膝の上にも、体の影が落ちていたはずだ。膝の上の本に日が当たって、眩しいということはないはずなのだ。陽光で体が温かい。気が付けば、あんなに肌寒く感じていた風を感じなかった。風が吹き込む方向には主人が顰め面で座っていた。
何かがぎゅうぎゅうと押し込まれたように喉の奥で声が詰まる。ぎゅうぎゅう。喉と胸に詰まる何かは、柔らかくて暖かくて苦しい。スン、と鼻を鳴らして、主人の脹脛の横に顔を摺り寄せる。
主人は顰め面で一度視線を落としただけだった。
触れ合った部分が暖かかった。