レラプスの上に乗っかってくれちゃってる人は、ぴくりとも動いてくれない。ヒャハッハハハの声によると、これが凄腕の護衛人なんだろう。流石凄腕だけあって、筋肉の量が半端じゃありませんね。つまり、それだけ重いってことで。
 頭の方向も同じで、全体重が満遍なく体に乗っているのはいいが、それでも体重の差は埋められず、腰がみしみし鳴いている。みしみし。前途ある自分の腰が大変ピンチだ。救わねば明日はない。いや、ホント、切実に。
 地面に這いつくばったレラプスは、腕に力を込めて滑るように上半身を捻りながら、乗っかっている護衛人の脇腹に思いっきり肘鉄を繰り出した。
「こぉぉぉんのぉぉぉぉ、重いんじゃー!!」
 ううむ、この掛け声だと五人戦隊の登場シーンを連想してしまう。筋肉馬鹿のレッド。着膨れブラック。水太りブルー。カレー太りイエロー。幸せ太りピンク。我ら五人戦隊オモインジャー! うわぁ、ダセェ。
 現実逃避のような連想の間に肘鉄はめり込み、護衛人が衝撃で浮き上がって裏返される。それだけでは止まらず、裏返ってから裏返って裏返って裏返って、つまり、横回転しながら護衛人は吹っ飛んでいった。
 どうどう、となぎ倒されるゴミ箱たち。
 護衛人が白目を剥いていたのは気のせいだよね、きっと。
「うう……重かった」
 圧迫していた重さから開放されたレラプスは、よろよろと脱出を果たしたが、何時の間にか武器持参の強面なお兄さんたちに三百六十度取り囲まれていた。
 何故だ。
「あの…………えー……と、何でございましょうか」
 レラプスは頬を痙攣させながら、何とか笑顔を作った。
 ざっと数えても六人。十人はいない。頭に巻いたバンダナといい、使い慣れてそうな武器といい、凶悪そうな面といい、見るからに盗賊っぽい。その中の一人が、首を建物の裏口――さっき、護衛人が吹っ飛んできた方向――に向けて、間延びした声を投げた。
「かしらぁ……餓鬼がいやすぜー。二人、やられやしたー」
「アァン? 連れて来いや」
 ヒャッハハハの声だ。この声の主が頭、らしい。
 頭と間延び男のやり取りに、うろたえるのはレラプスだ。
「ええ?! 僕、何もしてないよ?!」
 挙動不審なレラプスに、間延び男がちょいちょいと路地の先を指差した。
 指差された先には、先程レラプスに吹っ飛ばされた護衛人が大の字で倒れている。その下に、確かに二人、護衛人に巻き込まれたっぽいのが潰されていた。生ゴミまみれだった。魚の骨とか、卵の殻とか、野菜のクズとか。ぶちまけられたゴミ箱の中身である。
 それを見たレラプスは、くるりと華麗なるターンを決めて、
「逃げんな」
 にやにや笑う間延び男に、がっしりと二の腕を捕まれる。口元に不自然な笑みを貼り付けながら、ぎし、と軋むようにレラプスの動きが止まった。
「アッハハハハハハハハハ。まさか、逃げるなんて、滅相も!」
「そーかー、そーかー、なら、来てくれるなぁ? んんー?」
「いや、ちょっと、取り込み中でしょ?! 僕がお邪魔しちゃ、悪いかな、と! 食べかけのリンゴも探さなきゃ! 食べ物は粗末にしちゃいけないし! ちょっ、まっ、ねぇー!!」
 問答無用で引き摺られるレラプスの叫びが、虚しく路地に散る。



 レラプスが引き摺り込まれた先は、広い食堂だった。商人か、または、貴族か。それなりに金を持てる身分の家。中央に長く据えられた長方形のテーブル。テーブルの上に一定の間隔で置かれた燭台。火は灯っていないのは、天窓から差し込む光で十分だからだ。
 というか、それだけなのに、眩しすぎる。
 テーブルを挟んで向こう側に、数人の人影が見える。メイドや使用人。スーツを着込む髭を蓄えた男。この家の主人だろうか。両手両足を縄で縛られ、皆一様に顔を伏せていた。見張りのように周りを囲む強面の男達も、全員瞼を伏せて顔を背けている。
 それは、絶対、眩しすぎるからだ。
 息苦しささえ覚えそうな光の中、妙にゆったりと響く頭の声。
「よォこそ、略奪される館へ」
 そこだけ空間が違うかのように。
 凝視すると焼付けを起こしそうな光を正面に、レラプスは目を細めて、右隣で同じように目を細めている間延び男に言った。
「とりあえず眩しいんですけど、あそこのハゲ」
「かしらをハゲって言うんじゃねー!!」
 間髪いれずにレラプスに食い込んだ間延び男の拳は強烈だった。どのぐらい強烈だったかというと、半回転しながら叩きつけられた衝撃で壁が揺れて、掛かっていた肖像画がばらばらと落ちてきて脳天に直撃するぐらい。
「何?! 何で、僕、殴られなきゃいけないわけ?!」
 それでも、レラプス、生きてます。
 真上からスポットライトを浴びているような悲劇のヒロイン座りで頬を抑え、レラプスは間延び男を見上げる。逆光の間延び男は歯を噛み締め、辛そうな口調で言った。
「目が潰れそうに眩しくたってなぁー、ストレートに言っちゃいけねーよー…かしらが可哀相だろぉ。優しく、後光が差してるってぇ言えやー」
「言ってること同じじゃね?! つまりは、ハゲ頭が光ってるってことだろ!!」
 レラプスは足を踏ん張って立ち上がり、盗賊の頭と思われる光球を指差して叫んだ。
「太陽の下に出る時にはバンダナ被らせとけ、バンダナー!! あの頭の輝きぐあいは尋常じゃないぜ?! ここまで来ると公害だよ! 被害が出てるよ!」
 そう、言うならばあれはスペシャルハゲ。
 言葉の途中で、不意に、目を連打攻撃していた光の奔流が収まる。絨毯の鮮やかな赤色や、花柄が緻密に織り込まれたテーブルクロスの白色。壁にかかる絵画、銀の燭台。金が持てる身分のみが許された豪華な食堂が、光の世界から色を取り戻して帰ってきた。
 あまりの変わりように恐怖すら感じつつ、レラプスはゆっくりと首を回す。
 スペシャルハゲ頭はテーブルの下に潜り込んで泣いていた。
「うゥ……巻こうにも、バンダナが滑るんだよォー…」
「ごめん、僕が悪かった」
 レラプスは詫びた。
 テーブルの下で何かに取り憑かれたようにぶつぶつと呟き続けるスペシャルハゲ頭を、手下たちが囲んで慰めている。スペシャルハゲ頭がいるところだけ、ちょっとした人だかりができていた。
 隣の間延び男が、咎めるようにレラプスを見る。
「言わんこっちゃねーだろー。オメー、何かフォローしろよぅ」
 フォローってったって、何を言えばいいのか。本当のことだったのだが。しかし、これ以上泣かれるのも面倒だ。睨んでるし。強面が一杯睨んでるし。殺意がみなぎってるし。嘘が必要な時もある。それは他人を傷つけないため。それは物事を円滑に運ぶため。それは己を守るため。
「あー、うん。バーコードハゲよりずっといいよね。頭の形がわかるし。蝋燭一本しか光はいらなさそうだし。目くらましにも使えそうだし」
 しまった、これは本心だ。
 口が滑っちゃったレラプスに続いて、手下たちが口々に叫ぶ。
「そうですよ、頭! 夜になっても、俺たちは蝋燭一本で頭を目指して歩けるんです! その光をずっと見続けていたい!!」
「僅かな毛で包み隠さない、その太陽のような頭に惚れたんですよ! 磨いている姿を見たときは、もう…!」
「バンダナがなくたって、輝いてたって、いや、輝いてこそ俺たちの頭ですよ!」
 馬鹿だ。こいつら、頭馬鹿だ。
 目は熱っぽく輝かんばかりで、大仰に身振り手振りで訴え、汗が飛び散りそうなほど暑苦しい。どこか違う世界を見るような遠い目で熱弁する手下達を眺めながら、レラプスは思った。そのうち、頭コールとかやりかねない。
「か・し・ら! か・し・ら! あ・た・ま! あ・た・ま! あ・た・ま! あ・た・ま! あ・た・ま! あ・た・ま!!」
 やってるし。
 ねぇ、しかも途中から変わってますよ。
「うォォォォォォォ!!」
 頭、のっちゃってるし。ねぇ、いいの。それでいいのかよ。
 レラプスの問い掛けは誰にも届かない。
 両腕を大きく振り上げ、空に向かって吼えるスペシャルハゲ頭。手下達が拍手を叩き出す。復活したスペシャルハゲ頭を中心として、食堂は異様な盛り上がりを見せていた。食堂に渦巻く興奮を後目に、レラプスはそそくさと裏口へ向かう。
「じゃあ、僕は、これで……」
 空を裂く音と共に、銀色の線が幾つも目の前を横切る。レラプスの鼻先を掠めて、宙を舞うナイフの群れ。木の扉に突き立つ小気味良い音が後から続いた。ハリネズミのような脱出口。レラプスが取手を握るのと同時に、その裏口の扉へ山のようにナイフが突き立つ。
「生きて帰れると思ってんのか?」
「かしらを馬鹿にしといてそりゃねーんじゃねーの、こぞう」
「じっくり、身体に教えてやるぜぇ」
「うわぁぁぁぁぁ、やっぱりお約束ー!!」
 案の定とも言える盗賊達の声にレラプスは頭を抱えた。
 手下の数は15人以上20人以下。誰も彼もがヤル気満々だ。子供一人に大人気ないと思わないのか、思わないんだろうな。皆が愛するスペシャルハゲ頭を泣かせちゃったし。無傷で帰してくれる気はさらさらなさそうだ。
 よし、逃げよう。
 無常にも、縛られて床に転がされてる屋敷の人々を見捨てて決断したレラプスの目の前で、突き立っていたナイフが一斉に扉から離れて宙に浮いた。
「へ?」
 レラプスは目を丸くする。
 浮いたのだ、ナイフが。
 ふわり、と。水を泳ぐ魚の群れのように。ナイフは誰も何も触っていない状態で重力に逆らい、空中に止まっていた。非常にゆっくりとした動きで、その薄く鋭い切っ先がレラプスの方へと向く。
「逃がすかよォ」
 レラプスは瞳を大きく見開き、弾かれたように振り向いた。
 手下たちの野卑た笑み。その中で、一際照り返しの強いスペシャルハゲ頭が、指揮者のように手を掲げている。微かな指の動きにあわせて、ナイフが揺らめく。
「ナイフとダンスはどォだい、坊主」
 輝く盗賊の頭は嗜虐に笑った。盗賊頭の掌に乗っていたナイフが滑らかに舞い上がり、寄り添うように、守るように、止まる。
「そうか……君は」
 手を触れずに物を操る力。人の持ちえぬ能力。こんな男が、直ぐに泣き出すような男が、盗賊の頭をしている理由。
 意味するところは、何か。
「”魔女”か」
 レラプスは小さく笑いながら、腰に括った二本の短剣を引き抜いた。