夜の帳は窓の外を覆っていた。風が強いのか、木々の撓る響きが窓を通じて伝わってくる。一本の蝋燭の明りが、机に向き合う主人の姿を窓硝子に映し出していた。私は窓硝子に反射する主人の姿を見ていた。主人はグラスに注いだウィスキーを揺らしながら、封の切られた手紙を眺めている。本日送られた手紙だ。裏返したり表にしたり、便箋ではなく封筒に書かれた住所を見ては、懐かしげに目を細めて。
机には他にも手紙があった。茶色の封筒に白い便箋。破線の上で几帳面に詰められた屋敷の住所と主人の名前。差出人の名前はグイシャ=トライント。誰なのだろうか。名前から、主人の血縁関係ではないだろうかと思う。
便箋が触れ合って擦れる音が蝋燭が燃える音に混じった。主人は手紙を眺めている。いつもは飲まない酒を戸棚から引っ張り出して、何度も読み返している。
私は待っていた。深夜ともいえる時刻。既に夜は更けた。私は主人がベッドに入るのを待っていた。そのために、私に呼びかけるのを待っていた。手紙が届いた後も、主人の行動は変わらなかった。同じように使役魔に餌をやり、仕事をこなし、食事をした。
しかし、呼びかけは一時間経っても、二時間経ってもこなかった。
そろそろ三本目の蝋燭が燃え尽きようとしていた。私は窓辺からそろりと足を下ろし、主人の座る椅子の下に向かう。視線を手紙に向けた侭の主人の足に、鱗に覆われた頭を摺り寄せた。
「おや、どうした、オト……寂しいのか?」
眠いのか、甘えたいのか、そういう言葉が来る前に、寂しいのか、という問いを発したのは、主人が寂しいからではありませんか。ぎゅう、と喉を鳴らす。
「仕方のない奴だな」
主人は肯定に取ったのだろうか、微笑みながら私の鼻面を撫でた。深い青の眼に私の顔と蝋燭の明りが映りこんでいる。嗚呼、よかった、主人は私に気付いた。私は寂しくありません。撫でてくれる主人がいるがゆえに。
しかし、私の寂しさを掬ってくれる貴女の寂しさは、一体誰が掬うのですか。