死ぬな-2
長く長く続く廊下に男と女が居た。
蛍光灯の灯りは切れては灯り、切れては灯りを繰り返し、白い光を定期的に冷たい廊下に振り撒く。
男は白衣を着て、隅に据えられた椅子に腰を下ろし、足元に置いた鞄を漁っている。頬がこけている丸眼鏡をかけた顔。眼鏡は光の屈折で、時折男の目を隠した。
女は皮膚のように体に張り付く暗い色の服を着て、壁に背を預けていた。太ももと腰に銃。
「今回のお仕事は如何なもので?」
男が言う。
男は鞄の中から取り出したのは注射器を目の前にもって行き、中身と確かめるように少しだけ揺らす。
「何時も通りよ」
女は鼻を鳴らした。
腕を組んで電灯の明かりを凝視する目の間には、面白くないとでも言った様に深く刻まれた皺がある。
『胸糞悪いわ』
男と女の声が同時に言った言葉を聞いて、女の眉間の皺が更に深く濃くなる。
言葉を先読みされた所為もあるが八割方男が女言葉を使ったことに対する嫌悪感だ。
「悪くはないと思いますけどね」
「悪くない?何処がよ」
女の言葉には棘があったにも関わらず、男は慣れた手つきで注射器の点検をしていた。
「あの女の子見たでしょう?あの女の子はあんな状態で」『生かされている』
再びの低と高の同音。
女は気にしないで言葉を続けた。
「何故生きていると思うの。死ぬなと知人が言うからだわ」
「親しい人間に死んでほしくないと願うのは当然だと思いますがね」
「そんなのその子になってみなければわからないじゃないの。簡単に死ぬなという奴は信用できないわ。その子にはその子の生き方があるのよ。死ぬなというのはその子の人生の否定だわ」
「私達の仕事はどうなのでしょう?」
男は注射器を鞄にしまって立ち上がった。
背は女よりもやや低い。顎を上げなければ上目遣いに見る形になる。
女は男を睨み付けた。
「だから胸糞悪いのよ」
「ハッハッハッ…」
暫く男の高笑いが響いた。
「収まった?」
女が聞く。
「せめて突っ込んでください」
「放置プレイよ」
「酷い」
「今回は何を使うの?」
「睡眠剤にするつもりですがね。夢見剤も混ぜましょうか。良い夢がみれるように」
「冗談じゃないわ。そんなので生きる希望を見出されてごらんなさい。苦しむだけ。却下よ、却下」
女は銃を引き抜いた。
歩み出す女の背に男が言う。
「死なないで下さいね?」
「アンタ信用ならない奴ね」
「光栄です」
二人は身を翻し、甲高い足音を響かせながら廊下の奥へと歩んでいった。
「合言葉は?」
「”もういいよ”」
<<前
本棚トップ
次>>