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お天気娘、という少女がいる。
別に天気のように表情が変るわけでも、天気のような性格をしているわけでもない。 お天気を変える娘なのだ。 僕が彼女に出会ったのは、四月七日の昼ごろ。孤児院に住んでいた僕は、僕より小さな子供達に、ご飯を用意しながら先生を待っていた。 その頃、ずっと雨が続いていて日が差さないので、農作業のおじさんたちは、結構、文句を言っていたような気がする。 先生というのは、ちょっとしたお婆さんで、腰が曲がってる割にはしゃきしゃきと歩く。 きびきびした物言いと、しゃきしゃきした歩きで若く見えるけど、それでも先生が老いるというのは、何だか平等だ。 「ゼグ、支度しなさい」 ゼグというのは僕の名前。折角用意したご飯を食べずに行く先生が、ちょっと憎らしくもなったけど、言う事をきかないと、先生は困ったような、すまなそうな、怒ったような表情になるので、僕は言うとおりにした。 僕は、あの表情が嫌いだ。 先生とあと一人、何だか真っ黒い服を着た人に連れられて、僕は車に乗り込んだ。この季節に、あの黒い服は暑苦しいと思う。 何分走ったか忘れたけど、何だか長かったような短かったような、夢を見た感じに似ている時間の後、僕はその部屋に着いた。部屋の中に車を止めていいんだろうか、と、ぼーっと思ったが、それ以上に問題なことがあった。 コンクリートに四方を囲まれた部屋。上も合わせたら、五方だった。下まで入れたら六方だ。一体、何処から入ったんだろう。 振り向いて先生に視線を投げたら、先生は例の表情をして、部屋の真ん中を指差した。変な椅子に座らせられて、六方の壁からやたらめったら伸びてる管に繋がれた女の子がいた。 そこに居たのが、お天気娘。 つながれて食い込んでる管は凄い痛そうだし、ピコンピコン鳴ってる椅子は怪しいし、無表情で目に光が無い女の子は、死体と間違えてもいいぐらいだったけど、何故か、僕が最初に思ったことは、 「泣くなよ」 だった。 はっきり言って、僕の言葉は余計なお世話だ。 誰が何処で泣こうかどうでもいいことだし、どうして泣きたいかなんてその人によるんだ。 泣きたい時だってあるし、泣いたらすっきりすることもあるだろう。 でも、その女の子は、ただ、涙の理由もなく、泣くために泣いていたような気がしたので、そんな言葉を投げただけである。 背後で先生と黒い服の人が驚いたような声を上げたけど、僕は、あまり気にならなかった。 その女の子から湧き出てた涙が止まった所為だ。 これは、僕の方が驚いた。 泣くなよって言うぐらいで泣き止むなら、泣くなよ。 これが僕とお天気娘の出会い。 まぁ、別に、僕とお天気娘の馴れ初めなんか気になる人はいないだろうから、お天気娘について説明しておくとする。 お天気娘は歳をとらない。 お天気娘は閉鎖空間にいる。 お天気娘はちゃんと呼吸をして生きている。 お天気娘が泣くと雨が続くらしい。 お天気娘が喜ぶと快晴。 お天気娘の表情は変わらない。 お天気娘は沢山のことを覚えられない。 これは、黒い服の人が説明してくれたことである。 それから、僕とお天気娘は一日一時間だけ会う。 お天気娘は喋らないし、相変わらず管はぼこぼこだし、椅子はピコンピコン鳴ってるけど、何だか、何もしないで話を聞かせるというのに、僕は安心したりした。 三日もすれば、一時間が短く感じられるようになった。 多分、お天気娘は覚えている小数のことを、必死に握り締めて、お天気を左右しているんだろう。 お天気娘が外の話が好きで晴れになるとか。 お天気娘が猫の話が好きで快晴になるとか。 お天気娘がミミズの話をすると嫌がって曇りになるとか。 僕が明日はこれないかもと言うと悲しんで雨になるとか。 これは、無表情のお天気娘から、僕が学んだことだった。 何日目かは忘れたけど、ある日、何時もどおりに部屋に送ってもらったら、黒い人が一緒に車の中から降りてきた。 何だろう、と思って僕が見上げると、黒い服の人は一言、すいません、と言って僕の腹に鎌を付き立てた。 「あの土地は痩せすぎました」 お天気娘の目の前で。 「そろそろ、洪水を起こさねばならないのです」 お天気娘の目の前だったことがとても心配だったが、どうやらこれでいいらしかった。 成る程。僕が死ぬと、お天気娘は悲しがるから、雨が降って大洪水が起きるわけだ。 腹から血をだくだく流しながら、僕は思う。 沢山の人を巻き込んでおいてなんだけど、産まれて直ぐに孤児院に入れられて、世話されて、世話をして生きてきた僕に、価値を置いてくれる人なんていないと思ってたし、それが当然なんだと思ってた。 でも、僕の所為で、お天気娘が大洪水を起こすほど悲しんでくれるというのは、何だか、ちょっと嬉しいかもしれない。 どうせ、洪水が起きれば、僕なんか用なしで、次の僕のような子が現れて、お天気娘をお天気にさせて、僕は忘れられるんだろう、けど。 それでも、価値を置かされて、置いてくれたお天気娘が好きだ。 今日も空は晴れてますか。 |