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それは、本当に些細な、当たり前の疑問だったはず。
直人は落ちていた1円玉を、親指と人差し指に挟んで日に透かしていた。アルミ色が反射してキラキラ光る。 「1円玉の価値って何?」 胸に、ツキン、と棘が刺さったような痛みが走ったのは、多分、私が深読みをした所為で。 ―――俺の価値って何? とでも、聞かれた気がして、1円玉の色から目を逸らした。 どうかしている。1円玉と直人を結びつけるなんて。まったく関係なんか無い。直人が1円玉と自分を重ねるようなことを言ったことも無い。 ただ、ニュアンスが気になっただけで。 「お金の価値じゃない?1円でも足りなかったら、買えないんだから」 「でかい店なら、1円なくても買えるじゃん。要らなくね?」 私は、う、と言葉に詰まった。デパートなら、消費税がどうたら、らしくて、レジの横に1円や5円が置いてある。 1円足りなくても、買い物は出来てしまうのだ。 「5円も要らなさそうだよな。10円は必要だと思うけど」 ジュースは120円だしさ、と続けて、直人は1円玉を捨てた。 元々泥が付いていて、あまり綺麗とは言えなかった1円玉は、足元で元通り泥に塗れた。アルミ色が泥に埋もれながらもキラキラ光る。 そうだね、と同意することもできた。 どちらかというと、そっちのほうが楽だった。 けれど、同意してしまったら、直人を要らないと言ってるのと同じような気がして、できなかった。かといって、反論らしい反論も思い浮かばなかった。 「あきー?何してんだ、置いてくぞー」 直人に呼ばれても、私は一円玉の場所から動けないでいる。 直人は、もう随分先に行っていて、ズボンのポケットに両手を入れながら、私を待っていてくれていた。 動こうとして、動けなくて、私はコートに手を突っ込む。 指先にざらざらとした感触を残したのは、財布だった。お札よりも小銭が沢山入っていて、膨らんでいる私の財布。 一円玉の価値。 ふ、と一つの考えが思い浮かんだ。 コートのポケットから財布を取り出して、中身を数える。 1…2…3…4…ああ、あった。それと、ちょっと。 お札を数えなければ、合計886円。 中途半端なのは、コンビニで昼食を買ったため。 片手に小銭を全部握り、しゃがみ込んで、捨てられた1円玉を拾った。呆れた直人の声が、頭の上から降ってくる。 「拾うなよ」 そんなのは、気にしない。 身長差がぴったり15cmの直人を見上げて、摘んだ1円玉を差し出した。私は挑むような顔つきをしていたのかもしれない。 「手」 「は?」 「手、出して」 直人はたじろぎながらも、私よりも一回り大きな掌を広げた。歪な曲線が絡み合う中心に、私の指が1円玉で覆う。それから、もう一つ、私の財布に入っていた1円玉をその横に置いた。もう一つ、もう一つ、と続けて、1円玉は5枚になった。 「1円玉5枚で5円になります」 「俺は小学校の算数を卒業してるぞ」 「さらに5円を足すと、何円になるでしょう」 さらに5円玉を載せる。 直人の片眉だけが、ひょいと跳ね上がる。私の考えがわからない、という意思表示。直人の癖だった。 そのまま、硬直状態が数秒過ぎ、溜息と共に直人がぼそりと答えた。 「10円」 「正解」 答えて、私は1円と5円を退けた。何も無くなった掌の上に、ころん、と茶色の硬貨を転がす。 10円玉だ。 「10枚集まると、10円になれる価値。1枚でも欠けると9円になって、10円とは交換できなくなるでしょ」 1円の価値。 上手く伝えられたかどうかはわからない。 伝わっていれば、良いと思う。 直人が穴でも開けるのか、というぐらいに10円を見つめていた。 私は、直人が何らかの答えを出すまで、沈黙で待った。 冬が近い日差しは当たるところだけ暖かくて、沈黙していても吐く息は白かった。手袋は家の机の上に置きっぱなしだ。 持ってくれば良かった。 そうすれば、この沈黙も怖くはなかったかも。 「……なるほど、ね」 そう言って、直人は10円を掌に包み、柔らかく口許を緩めた。 ちょっとだけ、ドキっとする笑みだった。 顔に出さないし、言わないけど。 「行くか」 やけに上機嫌で、直人が歩き出す。 うん、と掠れた声で呟いて、私はその隣に付いて歩いた。 不覚。動揺が声に現れてしまった。私の歩幅に合わせて歩く直人が、この声に気がついた様子はない。 安心したような、残念のような。 私の手の中で、アルミ色がキラキラ光る。 「この10円で、ジュースでも買うか」 「1本?」 「1本」 「そっちが110円出してね」 「うげー」 |